札幌駅近く、大通駅近くの小野百合内科クリニックです。みなさんはMASLD/MASHという言葉を知っていますか??2023年6月、肝臓疾患の世界に大きな転換点が訪れました。長らく親しまれてきた「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」と「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」という病名が、それぞれ「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」と「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」へと変更されることが国際的なコンセンサスによって決定したのです。この変更は単なる名前の書き換えにとどまらず、病気の本質をより正確に捉え、患者さんへのスティグマ(偏見)をなくそうという医学界の強い意志が込められています。今回は、この名称変更の背景にある理由、新しい診断基準の詳細、そして最新の治療戦略について、糖尿病内科医の目線から分かりやすく解説します。
目次
「アルコールではない」という否定形からの脱却
これまでの病名であるNAFLDやNASHには、「Non-Alcoholic(非アルコール性)」という言葉が含まれていました。しかし、この名称には二つの大きな問題点がありました。一つは、診断のために「アルコールを飲んでいないこと」を証明しなければならず、定義が曖昧になりがちだったこと。もう一つは、「Fatty(脂肪)」や「Alcoholic」という言葉が、患者さんに対して「太っている」「飲んだくれ」といったネガティブなイメージや誤解を与えかねないという点です。新しい名称であるMASLD(Metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease)は、「代謝機能障害」に焦点を当てており、肥満や糖尿病などの代謝異常が肝臓に影響を与えているという病気の実態をよりポジティブかつ正確に表現しています。
MASLDの新しい診断基準と「MetALD」という新概念
MASLDと診断されるためには、肝臓に脂肪が蓄積していること(脂肪肝)に加え、肥満、高血糖、高血圧、高中性脂肪血症、低HDLコレステロール血症といった5つの心血管代謝リスク因子のうち、少なくとも1つ以上が当てはまる必要があります。これにより、単にお酒を飲まないだけでなく、代謝異常が背景にあることが明確になります。さらに画期的なのは、これまで除外されていた「中等度の飲酒習慣がある人」も、代謝異常があればMASLDの枠組みで評価されるようになったことです。具体的には、週に女性で140〜350g、男性で210〜420gのアルコールを摂取しつつ、代謝異常を併せ持つ患者群を新たに「MetALD(Metabolic and Alcohol Associated Liver Disease)」と定義し、より包括的な治療アプローチが可能になりました。

画像診断の進化が早期発見とリスク評価を変える
MASLD/MASHの診療において、画像診断の役割はますます重要になっています。最新のガイドラインでは、超音波検査(US)やMRIを用いた非侵襲的な検査法が推奨されています。特に、肝臓の硬さを測るエラストグラフィ(FibroScanやMR Elastography)や、脂肪の量を正確に数値化するMRI-PDFFなどの技術は、痛みを伴う肝生検を行わずに、肝臓の線維化(FIB-4 indexなどでスクリーニング後)や脂肪化の程度を評価することを可能にしました。これにより、将来的に肝硬変や肝がんへ進行するリスクが高い「隠れMASH」の患者さんを早期に見つけ出し、適切な治療へとつなげることができるようになっています。
治療の柱は生活習慣の改善と最新の薬物療法
MASLD/MASHの治療において、基本となるのはやはり食事療法と運動療法です。体重の3〜5%を減らすだけでも肝臓の脂肪は減少し、7〜10%の減量で肝炎や線維化の改善が期待できます。糖質や飽和脂肪酸を控え、地中海食のようなバランスの取れた食事を心がけることが推奨されます。薬物療法に関しては、糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬、ピオグリタゾンなどが、代謝異常の改善とともに肝臓への良い効果が期待され、積極的に使用されています。また、ビタミンEやスタチンなども患者さんの病態に合わせて選択されます。米国ではMASH治療薬としてResmetiromが承認されるなど、新薬開発も進んでおり、今後の治療選択肢の広がりが期待されています。
「MASLD/MASH」への名称変更は、肝臓病を単なる臓器の病気としてではなく、全身の代謝異常の一部として捉え直すための重要なステップです。この新しい概念により、肥満や糖尿病を持つ患者さんが、より早期に肝臓のリスクに気づき、適切なケアを受けられるようになることが期待されます。もし健康診断で「脂肪肝」を指摘されたら、それは放置してよいものではなく、全身の健康を見直すためのサインかもしれません。新しい時代の肝臓ケアについて、ぜひ主治医と相談してみてください。
当院では管理栄養士による栄養指導や、糖尿病患者を対象とした肥満外来をおこなっております。ご興味のある方は是非一度ご来院ください。

